心がない私がエンパスに注目したこと
皆様こんばんわ、
最近大沢ユズにk(以下略
えぇ東海林海香です~
さて本日は私に心がありませんが
今の私には心があるかもしれないお話をしていきたいと思います。
ですね~あの、実はИсумайэму_Паркの元メンツの人に
エンパスっていうのを持っている方がいるんですよ
まぁ病気とかではなく気質ですね
特性といえばわかりやすいでしょうか
まぁその逆はサイコパスなんですが……
えぇ私実は理解できません。
過去ブログでもここだったかなぁそれとも前の運営だったかで書いたのですが
私は心を理解することができません。
そうわからないんですよね、
え?なぜ?どうして?
ってわからないし、相手をたとえ痛めつけても
それに何も思えないのが私なのです。
でもそんな中で先輩やそのエンパスもってた人のおかげもあり
少しずつわからなくても理解をしたいって気持ちは
最初っからあったため考え方を取り入れていくことにしました。
まずそこで目をつけたのがエンパスの特徴でもあります。
相手の感情など含め例えばアニメの主人公などに感情移入しすぎてしまって
見ているだけて疲れてしまうとか
そこにとくに注目をしました。
そうなぜ、疲れてしまうのか
それはそれら全てが自分に起きたらとか自分のことだって
つまり 相手の幸せは自分の幸せ 相手の不幸は自分の不幸
みたいな
それに注目をしました、
それから私は自分にそれが起きたらと
考え方を変えてみてから
あぁ胸糞悪いなぁとか
うっぜぇな~という感情から
悲しい嬉しい幸せなど、含めて少し理解できるようになりました。
でもそれからというもの、私自身今までは
どうしてできないのかどうして理解できないの?
私は普通じゃないんじゃないかって
ずっと実言うと思い悩んでいました、
でも考え方目線を変えてみればこれも1つの個性と理解し
逆にそれを支え合いながら助け合い教えあうことこそ
それも愛なのではないかと思いながら
エンパスという気質の人の考え方を取り入れ
人とも会話がある程度できるようになってきました。
そして、私自身も不思議なことに
人の話を聞いていて涙を流すことがこないだあったりなどなど
心とはとても素晴らしく深く切ないものそう思っています。
すべてを理解することはできないそれこそきっと
神様 なんて全てを知っているような存在にでもならないと
何も分かることはないのかもしれないと思っています。
だけどそれでも諦めず理解し助け合い分かり合うそして寄り添い家族である
それが大切であると思っています。
これからも私はまだまだ不慣れで不自由きわまりないやつですが
何卒Исумайэму_Парк共によろしくお願いします
それでは体調もあまりよろしくありませんので本日はこれにておやすみなさい。
またお会いしましょう。